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2016年4月 6日 (水)

秦野ゲーセン巡り その1

地元のゲーセンを記録しておこうと、記憶辿ったり、知人回って取材したり、そんなまとめ。歳取るとセンチになるのが人間の仕様です。
ところでグーグル先生で地元巡りしてたら酔いました。下手な3Dゲームよりも酔う。でも先生のおかげで座標と画像を用意できるので、とても感謝しています。

上原商店
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Photo やはり最初に記すべきはこの店か。うえはら。
またの名をファンシティ産業、あるいはファインシティ産業。登記上どうなってたのかまでは知らん。看板や書面毎に表記が違うんだもの。要するにうえはらでいい。
かつての秦野のちびっこどもが集った駄菓子屋ゲーセンの最右翼。というよりもおそらく上原のおやじが商工会つながりか何かで市内の商店にゲーム台を置いてたと思われる。

大型は除いて主要メーカーの最新ゲームが入荷されてたし、駄菓子屋ならではの50円1プレイも子供のお財布に優しかった。ただしゲームは入荷初日から常にハード設定だったり、ちょっとでも上達して長時間プレイになるとすぐに電源引っこ抜いたりお前帰れの一言で出禁発動させまくったりで、おやじの行動はどうかしてた。上原のおやじといえば、秦野のゲーマーなら知らない奴はいないであろう名物おやじなので。

初期は店の右半分がゲームコーナーで左半分駄菓子屋だったのが、ストIIの出た頃には改築して駄菓子屋コーナーをゲームコーナーとして広げて奥の座敷を駄菓子スペースにしたり、さらにその後そこまでゲームコーナーにして駄菓子はカウンターに置くだけにしたりと、脱駄菓子屋の流れも。その後も音ゲーも入れたり、あの狭さにしては時代に付いていくように対応してはいたものの、弐寺が波に乗ろうかという頃に閉店。
その後健康グッズショップだかを細々とやっていたのを最後に、今はシャッターも閉じられたまま。一時おやじ死亡説も仲間内で流れたけどその後生存確認されたり情報錯綜。今現在どうなのかも不明。

メインは感電激しいテーカンアップライト筐体、PONYmk2、その他曼蛇テーブル台等々。エアロ以前の時代。しかしあの青いアップライト筐体、調べてもネットで拾えないんだけど。知ってる人いたらどなたか教えてくださいな。

この店でプレイしていたゲームを他の店でプレイしたらヌルゲーだったとか、誰それがおやじと口論になって出禁になったとか、秦野学生会らしき怖いお兄さんに裏に連れ去られてカツアゲくらってただとか、そんな想い出話は酒の肴であったり。変わったところでいえば、自分らよりいくらか年長だった某吉田栄作氏とテーカンワールドカップで一緒に遊んでただとか、別に当時有名人なわけではないのでただのゲーセンの一風景でしかないけど、秦野のゲーマーはこの店に集まってましたねという、よくある昭和の光景がそこにあったのでした。というか今でもつながってる地元のゲーマーはみんなこの店出身まである。

50円だったし未成年の頃しか通っていないので実際のところ大してお金を落としてはいないだろうけど、やはりこの店で育ったという思いは強く、全国レベルのプレイヤーが何人もいたことへの寄生的帰属意識も相まって、今でもゲーマーとしての軸足はここにあると感じるわけです。

この店では、ゲームに関係すること以上に、多分一番の思い出は出禁くらったというかおやじに帰れ言われ続けたことかな。おやじとのやりとりこそがすべて。

下原
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Photo_2路地とうな金(閉店したうなぎ屋。現在はイタリアン?)を挟んで立つ掘っ建て小屋、上原2号店。通称したはら。現在は駐車場。

上原から二軍落ちしたゲームの行き先。おやじの気分次第で開いてたり開いてなかったり。ほとんどテーブル台で、ポールポジションとか任天堂VS筐体とかピカデリー系とか本店に置けそうにないものを置いてある倉庫的店舗。その割にエアバスターとかマーベルランドとかドラゴンセイバーなど一部ゲームは入荷時からこっちだったり、おやじの気まぐれも多分に。

テーブル台ばかりだったのとおやじの目が届きにくいことから、駄菓子を食べたり近所のお弁当ポニーで買ってきた弁当を食べてダベる場所として活躍。

上原2号店
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2大秦野駅が改装されて秦野駅になった後に、南口にオープンした上原の飛び地。下原こそ2号店なので本来3号店のはずだけど、通称2号店で通ってる。というか1年持たなかった。自分も1度しか行ったことない。そもそもその頃自分は本店出禁くらってる。

なお、地図の座標はうろ覚え。知人たちに取材を重ねた結果この位置にしたけど、もうちょっと先だった気もする。

光屋
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Photo_3上原から南に50mほどの角。ポニーの斜向かい、大森耳鼻科(現、胃腸科)の向かい、こちらも駄菓子屋ゲーセン。上原以上に駄菓子屋というか商店的成分強め。日用品とか置いてたし。こちらは普通にひかりや。

この店もテーブルが主流。というか椅子が瓶ケースを逆さにしたものに座れという、実に昭和な佇まい。そして南西に入り口があるおかげで日差しで画面が見えない。そのもっとも日差しの影響を受けていた入り口入って正面のパックランドは長いこと君臨していたし、リブルラブルやイシターから、ゲバラ、ロストワールドなんかもあったので、今思えば駄菓子屋にしては特殊コンパネ系に強いお店だったかもしれない。そしてそのすべてがメンテ悪い。テーブル台も2人用コンパネで画面に対して垂直でなく2人で座るためにハの字型にしましたよな余計なお世話設計のコンパネばかりで、もちろんボタンは当時の凹みボタン、そして効きが悪い。自分の知る限りハード面では最悪のお店だったと間違いなくいえる。まあ50円であることが最重要事項で、メンテは二の次だったし、店のじいさんばあさんは善人だったので、こちらもそれなりに使っていたのでした。

店はわりと早めにたたまれて、ストIIダッシュの頃には閉店してて、晩年のじいさんはパチンコトミー(現、駅前の橋北側のファミマ)の換金所で働いていたのが知られてるけど、それも10年近く前に亡くなられてたかな。

この店での一番の思い出はイーアルカンフー。それはいずれイーガー皇帝につながる道。

はくさん
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Photo_4正式名称はクラフトらしいけど、誰もそんな名前で呼ばない。それどころか知られてない。この店と隣の共産党事務所の間の狭いとこを入った奥の入り口がクラフト。表のはくさんクリーニングだったりはくさんクレープだったりはくさん電気だったりした店の裏なので、誰もがはくさんと呼ぶ。ゲーセン利用者的にはクレープ屋が一番実用度高かったのだけど、残念なことに短命だったな。

本町3大ゲーセンの一角では唯一駄菓子屋ゲーセンでなかったお店。3店舗渡り歩けば数多くのゲームを補完できるので、結局来ることになるわけで。店の看板的には、バブルボブル、黄金の城、メトロクロス、バラデューク、ドルアーガあたり。上原光屋はくさんで、あまりゲームが被ることもなく店の個性を変えてお互いに生き残れるようになってた印象。

この店もほぼテーブル。というか全部テーブル。アップライトなど1台もない。でも店内が暗くてゲーム画面は見やすかった。その店の場所、暗さは、それはもう不良のたまり場としても効果を発揮するわけで、カツアゲ遭遇率No.1のお店でもあったのでした。治安ひどいな。
カツアゲやケンカでなくとも、ゲーマーにしたってもグラIIの目の前に貼られていた魂斗羅のポスターをミサイル固定のためにちぎりまくっていたとか、とても行儀がいいとはいえないどこまでも昭和臭溢れる雰囲気なわけです。ついでにいえばそんな空気の中で育った自分は、当時ゲーセンで女見るとかなかったんですけど。時代の違いだけでなく地域差も感じるわけです。そんな青春時代過ごして女性免疫とか育つわけないじゃない、ねえ。今のゲーマー恵まれてるよ、ホント。まあどうでもいい。

3店舗の中では最初に潰れたお店。といっても光屋とそれほど差があるわけではないけど。最後に通ったのはウルフファングのためだったかな。一番の想い出はやっぱりドルアーガかな。あるいはバブルボブルか。

とりあえず第1回は秦野三大駄菓子屋ゲーセンから。思い出せる限り、市内全店舗網羅していきます。

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